① 「安定供給」という名の政治的言説──本当に安定なのか
日本のエネルギー政策では、 原発推進の理由として必ず
「安定供給」 という言葉が使われる。
確かに、原発は天候に左右されず、 一定の出力を保つことができる。
その意味では“安定している”ように見える。
だが、私はこの言葉にいつも違和感を覚える。
原発は、 ひとたびトラブルが起きれば、
一瞬で“停止”する電源である。
そして再稼働には膨大な時間と手続きが必要になる。
さらに、 老朽化した原発は、 部品の交換や補修が難しく、
計画停止が増える。
「安定供給」という言葉は、 政治的には便利だが、
現実の運用は決して単純ではない。
安定とは、 “止まらないこと”ではなく、
止まっても社会が揺らがない仕組みを持つこと ではないだろうか。
その意味で、 原発が本当に“安定”なのか── 私は疑問を抱いている。
② 老朽化・廃炉・核のゴミ──未来世代への負担
日本の原発の多くは、 建設から40年以上が経過している。
老朽化は避けられず、 補修や検査の頻度は増え続けている。
そして、 原発が抱える最大の問題は、 廃炉と核のゴミだ。
廃炉には数十年の時間がかかり、 費用は兆単位に及ぶ。
しかも、 廃炉作業は技術的にも極めて難しく、 事故のリスクも残る。
核のゴミ(高レベル放射性廃棄物)は、 数万年単位で管理が必要だ。
その処分方法は、 世界中でいまだに確立されていない。
つまり、 原発を使えば使うほど、 未来世代への負担が増えていく。
「安い電源」と言われることもあるが、
それは“発電コスト”だけを見た議論であり、
廃炉や核のゴミを含めれば、
原発は世界でも最も高い電源のひとつになる。
③ コストの真実──見えない費用が積み上がる
原発のコストは、 表面的な数字だけでは語れない。
建設費は数千億〜1兆円規模。
廃炉費用はさらに膨大で、 事故が起きれば、 その影響は国家財政を揺るがす。
福島第一原発事故の処理費用は、 国の試算でも22兆円以上。
民間の試算ではさらに膨らむ可能性が指摘されている。
これらの費用は、 電気料金や税金として、 国民が負担する。
つまり、 原発のコストは
「見えない形で国民に積み上がる」 構造になっている。
再エネのコストが下がり続ける中で、
原発だけが“高止まり”しているのは、
この構造が理由だ。
④ なぜ国民に十分説明されないのか──政治構造と情報の非対称性
原発推進の議論は、 国民に十分説明されないまま進むことが多い。
その背景には、 政治構造と情報の非対称性がある。
原発は、 政治・産業・官僚が長年にわたり結びついてきた領域であり、
その構造が政策決定を左右する。
国民は、
原発のリスクやコストを
“正確に知る機会”が少ない。
情報は専門的で複雑で、
一般の人が理解しにくい形で提示される。
その結果、 「原発は必要だ」
「安定供給のために仕方ない」 という言葉だけが独り歩きする。
だが、 本当にそうなのか。
原発推進の流れの中で、 私たちはもう一度立ち止まり、
未来世代に何を残すのか という視点で考える必要がある。
原発は、 単なる“電源の選択”ではなく、
社会のあり方そのものを問う問題なのだ。

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